2019年06月21日

小説 「よく眠れた朝には」 第十六話

 そんなわけで、この世界で二人の味方ができた。あとは少しずつ、多恵にこの世界になじんでいってもらうこと、多恵をこの世界の人間にすべく、行政の届出等を行うこと、オレの両親に紹介し、分かってもらうことだ。

 多恵はテレビを見て、かなりのことを理解していた。オレは文字を教えようと思っていたが、テレビを見て、かなりの文字を覚えてしまっていた。でも、基礎は必要かと思って、ひらがなやカタカナ、漢字、ローマ字等、少しだが教えた。本当に多恵は飲み込みが早い。あっというまに習得してしまうから、逆にオレが困る場面も出てくる。

 こちらに戻ってから、多恵は町人ではなく、武士の娘ではないかと思うようになってきた。なんとなくだが、そのような作法をすることがある。

「実はオレには両親がいる。」
「そうなのですか?」
「一度、多恵に会わせたいと思っている。」
「うれしゅう、ございます。」
「半日ほどの旅だけど、大丈夫か?」
「そのくらい大丈夫です。いつになりますか?」
「次の土曜に行こう。」
多恵はカレンダーを見て、
「4日後ですね。承知しました。」
オレは電話で、帰省する旨を伝えておいた。

 土曜の朝、オレたちはオレの両親宅へ出発した。多恵はとてもうれしそうにしていた。ずっと、家の中にいて、やっと、外に出れるだからなのか、この旅行がうれしいのか、オレの両親に会うのがうれしいのか、とにかく、楽しそうだった。

 初めての電車で多恵はとても驚いていた。こんな速さで、こんな多くの人を乗せて走れる乗り物に感動していた。でも、もっと、驚いてもらうことになろうとは、多恵には知る由もなかった。現代人にとっては普通のことだが、新幹線に乗っていくのだ。

 多恵はその速さに怯えていた。窓の景色があっという間に飛び去っていくのだ。
「この速さは、そうだな、人が1日歩く距離を10分かからず着いてしまう速さなんだよ。」
「人はすごい乗り物を作ったのですね。」
「だけど、もっとすごいのがあるよ。」
「そうなんですか?進歩というものは、とてつもない乗り物を作ってしまうのですね。」

 そんなこんなで、あっという間に、田舎の両親の元へ着いた。
「ただいま、帰ったよ。」
オレは玄関を開けてそう言った。すると、お袋が飛んできた。
「ずいぶん早かったのね。あら、その人は?」
多恵は玄関の出入り口の手前で、正座して、
「母上様でございますか?私、多恵と申します。不束者ではございますが、末永くよろしくお願い申し上げます。」
と、深々と頭を下げた。オレは驚いた。まさか、スカートのままで土間に座り込むとは。
「多恵、ここで座るものではないよ。立って。」
オレは多恵を立たせ、スカートを払った。うちのお袋もびっくりしてた。

 居間に通され、親父もそろったところで、改めて、多恵は挨拶をした。オレはまだ、両親になにも話していない。これから言うことを信じてもらえるのかどうか、それが心配だった。
「多恵さんというのね、こちらこそよろしくね。」
「多恵さんのご両親は・・・」
オレはその親父の言葉を遮った。

「これからオレのいうことを真剣に聞いてほしい。」
オレのいつになく、真面目な話し方なので、両親とも何事かと、黙ってオレの話を聞いた。

 オレが江戸時代にタイムスリップしてしまったこと、そこでの自給自足の生活をしていたこと、侍に殺されそうになったこと、多恵と出会ったこと、長屋での生活のこと、多恵との同居の3年間のこと、そして結婚したこと、オレの両親は黙って聞いてくれた。すべてを話し終えてから、お袋が口を開いた。
「多恵さんはそんな大変な時代からきたのね。」
そういって、涙をながした。
「そうか、わかった。多恵さんは、そんなおまえが選んだ人なんだな。私たちは祝福させてもらうよ。」
なんか、あっけなく親父とお袋に理解してもらった気がした。

 多恵の目から涙がこぼれ落ちた。そして、
「よろしくお願い致します。」
と言って、頭を畳につけ、下げ続けた。

「まあまあ、多恵さん、そこまでしなくてもいいのよ。こちらへいらっしゃい。」
でも、多恵は震えながら、そのままだった。見かねたお袋は多恵のそばに寄り、抱き起こして、そのまま多恵を抱きしめた。多恵はびっくりして、
「なんと恐れ多い・・・」
だが、それから先は言葉にならなかった。

 お袋は完全に気に入ったようだった。多恵もうれしそうに、一緒に台所に立っている。オレは親父と話をした。
「見た目は現代だが、やはり、江戸時代の気質なんだろうな。」
「うん、オレはもしかすると、多恵は武士の娘じゃないかと思っている。立ち振る舞いが町人じゃない気がするんだ。」
「そうか。そう言われれば、そんな気がするな。」
「ところで、オレたちが戻ってきたのは、タイムスリップした翌日だった。このままこの世界にずっとおれたらいいけど、また、タイムスリップしてしまうような気がするんだ。」
「なぜ、そう思う?」
「今のオレを見てどう思う?オレは26歳じゃなく、もう29歳なんだ。あの時代で3歳年をとっている。でも、この世界では1日だけだ。もしかして、また、あの世界へ戻ったら、次に会うのは、父さんより年上のオレかもしれない。」
「なるほど。」
「まだまだ、解明されていないことが多いってことかもね。」

 その夜はたくさんの料理が並んだ。多恵と母親は会って2,3時間しか経っていないのに、かなり昔から仲の良い親子のようにみえた。でも、この料理の量は、4人では多過ぎだ。その時、玄関が開く音が聞こえた。

「ただいま。」
「ただいま帰りました。」
お、兄貴たちだ。オレには3つ上の兄貴がいる。その兄貴夫婦と子供たちだ。多恵にオレの兄貴夫婦だと伝えた。多恵はしっかり挨拶をしないとと思ったのだろう。兄貴夫婦たちが部屋に入ってくるなり、正座して出迎えた。

「私は慎二様の妻、多恵と申します。お初にお目にかかりますが、末永く、よろしくお願い申し上げます。」
と言って、深々と頭を下げた。
「はぁ?」
「え?」
「よう兄貴。多恵はオレの妻なんだ。よろしくね。」
「妻って、結婚式もしてないし、そんなこと聞いてないぞ。」
「いろいろ事情があんのよ。」
「多恵、こちらがオレの兄で孝一、こちらが奥さんの貴子さん、この子達はあきちゃんにケンくんだよ。」
「もう、急に帰ってこいっていうから、何事かと思ったら、いきなり、慎ちゃんに奥さんとはびっくりね。」

 ところが多恵がほろほろと泣き出した。
「あらあら、多恵さんどうしたの?」
お袋がびっくりして、抱きしめた。
「すみません。私はとてもうれしいのでございます。」
「今日は両親ができ、兄上様、姉上様ができ、甥、姪ができたのでございます。」
「こんなうれしいこと、今までございません。」

「多恵、おいで。」
オレは多恵を抱き寄せた。
「本当によかったな。」
「はい。」
多恵が落ち着くまで、やさしく抱きしめることにした。


(つづく)
posted by ツッカー at 18:38| 兵庫 ☁| Comment(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
コチラをクリックしてください