2019年06月22日

小説 「よく眠れた朝には」 第十七話

 ようやく多恵が落ち着いたところで、食事をしながら、兄貴たちにこの信じられない事情を話して聞かせた。時折、親父もお袋も口をはさんで、本当のことだと言ってくれる。だが、タイムスリップなんて映画やドラマのことだと思っている二人には、なかなか信じてもらえない。

 でも、オレはそれはそれでもいいと思った。すでに両親にはわかってもらっている。兄貴もちょっと前まで彼女もいなかったオレに、今は妻がいるという不自然さをそのうちわかるだろうと思っている。今の時代なら、姑、舅、小姑なんかを嫌がる嫁が多い中、多恵は全然違っている。たったひとりで林の中を生き抜いてきたのだから、からだは小さいが心の強さ、優しさがある。多恵は、オレの家族の一員になれたことを本当に喜んでいる。だから、そのうち理解してくれるだろう。
「でも、オレは今、兄貴と同い年なんだよ。今の世界では1日のことだけど、オレは過去に3年いたからね。」
「なんか、信じられないなぁ。そんなSFみたいな話、誰が信じる?」
「そうね。ちょっとあり得ないわね。」
「でも、慎二の言うことは全部つじつまが合っている。うそだったら、どこか変な部分がでてくるもんだしな。」
「慎ちゃんはこんな可愛い子を連れてきてくれたんだから。」

 お袋の言うことは変だけど、とっても多恵のことを気に入っているのは間違いない。多恵も母上様、母上様とついてまわって、いろんなことを手伝っている。母上様って言い方が、もう現代の人ではないだろう。貴子さんにも義姉上様だ。どんなに貴子さんでもいいよって言っても、義姉上様だ。こういうところが、昔気質っていうのかな。

「ところで、多恵さんは何歳なの?」
そういえば、多恵の年はまだ言ってなかった。
「私はもう20歳でございます。」
「え~!!」
みんなびっくりしてた。

 その夜、オレは多恵に聞いてみた。
「くたびれただろ?ごめんな、あれこれこき使われて大変だったよな。」
「いいえ、何をおっしゃいます。多恵はとてもうれしゅうございます。一人ぼっちだった多恵を拾って頂いて、とても暖かな家族の一員にして頂いて、こんなにうれしいことはございません。」
「多恵、ありがとう。」
オレはこれほど多恵が愛おしく感じたことはなかった。その夜、いつものように多恵に腕枕して、眠りについた。

 翌朝も多恵は、早くからお袋の手伝いに走りまわった。ゆっくりしていいのよと言われていたが、元気に動きまわっていた。

 そして、別れの時は大変だった。涙ぽろぽろの多恵に、お袋ももらい泣き、貴子さんまでもらい泣きで、なかなか帰れなかった。多恵は涙もろいんだな。

 その日、夕方、ようやく我が家の帰ってきた。これで一つのイベントが終わった気がして、オレはちょっとほっとした。多恵はまだ少し、余韻が残っていたみたいだ。
「旦那様、お茶、入れましょうか?」
「ああ、頼むよ。」

 多恵はひろみのおかげで現代風の女の子に変身しているけど、中身は江戸の女性のままだ。だけど、この新しい生活に慣れようと真剣に取り組んでいるのも確かだ。何の疑問も持たず、一生懸命頑張っている。オレも負けてられないな。

 翌日からオレは仕事への毎日が始まった。多恵には家のことを任せた。でも、何かあったときに多恵に連絡が取れないので、スマホを持たせることにした。スマホは、今の人でも初めてなら、取り扱うのが大変だから、オレはメールと電話だけできるものにした。それ以上の機能はついているけどね。

 多恵も今の通信手段にはとても驚いていた。これさえあれば、どんなに遠くにいても話ができる。言葉を文字にして、伝えられる。ただし、オレが仕事をしている最中には、本当に困ったときだけにしてくれと言っておいた。

 あと、外で挨拶をする時は正座をしたらダメ。立ったまま、お辞儀をするだけでいい。~様というのはみんなびっくりするから、~さんでいい。知らない人についていってはいけない。家に知らない人を上げてもいけない。知らない人から物はもらわない。特に、男の人には注意すること。自分の意に反することをされたときは、大声を出して助けを求めること。出かける時は必ず、鍵をかけること。自分が家にいても、玄関は必ず鍵をかけておくこと。なんか、子供に注意しているみたいだけど、初めてなんだからしかたがない。

 オレが仕事に行っている間に、多恵は冒険に出かけた。といっても、買い物だけだが。昔のようにいろんなお店があるわけじゃない。たいがいはスーパーで揃ってしまう。必要な物を籠にいれて、レジでお金を払って帰る。でもこれでは、何もお話しをせずに終わってしまう。

 多恵は話をするものだと思っていた。でも、スーパーの売り場に店主はいない。たまに、品出しする店員さんがいるだけだ。江戸では話をして、金額を決めて、取引する。少しでも安く買い物をするための手法なのだ。オレはこの話をするのを忘れていた。

 一度、一緒に買い物に出かけたので、多恵はまずそのコースを踏襲した。何事も自分でやってみるのが一番だ。オレは知らなかったが、同じマンションの中で知り合いもできたらしい。でも、仲良くなっていくと、いろんなことを聞かれるので、非常に危なっかしい。まあでも、できる限り、多恵に寄り添うことにしているので、何かあればすぐに分かるだろう。

 会社の帰り、マンションの玄関で、見知らぬ女性に声を掛けられた。
「山本さんですよね。いつも、奥さんにお世話になってます。」
「ああ、そうですか。こちらこそ、家内がお世話にあり、ありがとうございます。」
この人、誰?
「あの、私、303の鈴木です。」
「そうでしたか。今後ともよろしくお願いします。」
うまくやってるんだな。

 家に帰ると、多恵は晩御飯を作っていた。もう、現代の主婦のようだ。
「ただいま。」
「お帰りなさい。」
「今、下で鈴木さんにお会いしたよ。」
「そうでしたか。最近、知り合いになりました。」
「いい人そうだね。」
「私もそう思います。」
「友達が増えて、よかったじゃないか。」
「ありがとうございます。」

 その時だった。

「・・・だめ・・・」

「えっ?」
オレも多恵もその声を聞いた。
「今の声。」
「多恵も聞こえた?」
「はい。」
それは、以前、頭の中に聞こえた、あの声だった。

「・・・あの人と関わらないで・・・」

また、聞こえた。いったい、どういうことなんだろう。今度はオレだけではなく、多恵もだった。だが、そのまま聞こえなくなってしまった。

 オレはすべてを思い出した。あの時のことを。考えてみれば、この声がしてから、オレはタイムスリップしたんだ。もしかすると、その予兆なのだろうか?

 とにかく、多恵には鈴木さんとあまり関わらないように言った。あの声はオレの危機を何度か救っている。だから、今回も間違いなく、その危機が近づいていて、警告しているのだということを教えているのだ。

 オレは過去に起こったその話を多恵に話して聞かせた。その上で、関わらないように念を押した。多恵は分かってくれた。だが、多恵は何度も首をかしげている。どこかで聞いたことのある声だと言う。でも、どうしても思い出せないらしい。

 数日が経ち、例の鈴木さんは多恵をかたくなにあるところに誘ったらしいが、多恵はきっぱり断ったという。あとで分かったことだが、その鈴木さんはしょうもない商品を高額で買わせるグループの一員だったようだ。いつの時代もこんなヤツはおるもんだ。


(つづく)
posted by ツッカー at 19:47| 兵庫 ☀| Comment(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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