2019年07月07日

小説 「よく眠れた朝には」 第三十ニ話

「旦那様、起きて下さい。」
タエの声が聞こえる。天国に来たようだ。オレは眩い光を感じ、ゆっくりと目を開けた。ああ、やっぱり、笑顔のタエがいる。オレの両脇には娘たちもいる。みんなこっちの世界に来てしまったようだな。

「旦那様、旦那様の世界に戻ってきましたよ。」
えっ?そうなのか?今度はしっかり、目を見開き、周りを見渡した。ここは、オレの部屋だ。でも、なんでタエもいる?
「タエは2年前の侍の襲撃で殺されたはずでは?」
「私ももうだめだと思ったら、ここに来たんです。でも、来たのは私一人でした。恵美も歩美もいなかったので、とても心配していました。」
「オレたちは、それからどのくらいでここに来た?」
「1日です。昨日、私はここに来ましたが、今日は旦那様が娘たちを連れてきてくださいました。」
「そうなのか。タエこっちにおいで。」
オレはタエを抱きしめた。生きていてくれた。それだけで十分だ。また、涙があふれてくる。
「旦那様?」
「最近、涙がよく出る。」
「そうなんですか?」
タエは微笑んだ。そして、急にびっくりしたようにこう言った。
「恵美も歩美も、大きくなってる!」
「タエが先にこの世界に行ってから、2年が経っているからね。恵美は7歳、歩美は6歳になったんだよ。」

 恵美と歩美が目を覚ました。そして、タエがいることにびっくりした。
「母上様、生きておられたのですか?」
「母上様、会いとうございました。」
ふたりともタエに抱き着いて、ワンワン泣き出した。
「私には1日のことなのに、二人には2年ものことなんですね。」

 オレは娘二人を風呂に入れた。さっぱりして出てきた娘たちを、タエはタオルで拭いてくれた。着るものは、タエが着ていた服を二人に着せてくれたが、ちょっぴり大きかったみたいだ。でも、部屋着だからいいとするか。

 恵美も歩美も何から何まで興味深々で、でも、オレやタエから聞いていたことを目の当たりにして、とても驚いていた。本当に言っていた通りだったのだ。暖かい部屋、暖かい衣服、暖かいたくさんのおいしい食事。タエはこちらのことはすべて知っているので、手際よくやってくれる。

 ゆっくりくつろぐと、オレは二人の娘にこう言った。
「しばらくは、この世界になれるために一生懸命に勉強しなければならないんだよ。」
「はい、父上様。」
「この世界では父上様とは言わないんだ。お父様というんだ。母上様は、お母様だよ。」
「はい、父上様・・・あっ、お父様。」
多恵もニコニコして聞いている。
「おまえたちの名前は、山本恵美、山本歩美だ。」
オレは紙に書いて見せた。
「で、私は山本慎二、多恵は山本多恵だ。」
これも、しっかり書いて見せた。
「まずは、これを書く練習しなさい。」
「はい。」

 子供たちは、現代の衣服をとても珍しがっており、また、その着心地にとても感動していた。また、タエのこしらえた料理に、とてもびっくりして、口々にこう言った。
「こんなにたくさん食べていいの?」
「この白いご飯、何か特別の日だから?」
「毎日、こんなに食べれるの?」
「とってもおいしい。」
「江戸の時代より、こっちがいい。」

 そう言っている子供たちを見て、微笑んでいるタエを見て、オレもうれしくなっていた。さあ、これから、子供たちにこの時代に慣れてもらわないといけない。百聞は一見にしかずだ。この言葉は江戸でも言われていたが、長く現代でも言われている言葉だ。お風呂や衣服、食事でかなりびっくりしていたが、外に出たらどうなることやら。だが、出る前に注意事項がある。

「外へでたら、絶対に手を離さないこと。必ず、お父さんか、お母さんの手をつないでいること。」

 幼稚園児に教えるように、車道と歩道の違い、車道の渡り方、歩道での自転車への注意など、気を付けなければならないことを、話した。何気なく、暮らしてきた現代だったが、こうしてみれば、注意事項はたくさんあるし、気を付けないと危険が一杯潜んでいる。タエもタエの目線で子供たちに話をしてくれていた。外から帰ってからも、子供たちの興奮は冷めやらず、寝かしつけるのが大変だった。

「多恵、またこの時代に来たけど、大丈夫かい?」
「何も問題ないです。旦那様と一緒ですので。」
「この時代、子供たちには教育を受けさせないといけないんだ。」
「どういうことでしょうか?」
「6歳から小学校と言って、6年間の教育をうけさせなければならないんだ。それから、中学校に3年、ここまでは義務教育で、絶対に親は行かせないといけないんだ。その後は高校に3年間、大学に4年間などがある。」
「そうなんですか。たくさん教育を受けさせて頂けるのですね。いい世の中です。」
「まあ、いろいろと問題は多いけどね。」
「どのような問題でしょうか?」
「勉強だけじゃなくて、教育を受ける生徒の間でいじめがあったり、教える立場の先生も間違いを犯したりする場合があるんだ。」
「以前、テレビでそのようなことを言っておりました。」
「江戸の時代では、月に1回、狩りをしてくれば生活できたが、こちらではそういうわけにはいかないから、子供たちの面倒は多恵にお願いしないといけないな。」
「承知しました。」
「いろいろと大変だけど、お願いするね。」
「はい。」

 オレは多恵との結婚式が頓挫しているので、それも気になっていた。あと、オレの実家も多分この状況が分かってくれるのかどうか、心配になっている。まずは、実家に行ってこよう。オレは、実家に電話をしておいた。どうなるかわからないけど、4人で行くと伝えた。

(つづく)

いよいよ、クライマックスへ。
posted by ツッカー at 21:43| 兵庫 ☁| Comment(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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